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自分史ブームの背景-モノから心の豊かさへ

以下、『BE-COM 10月号 vol.204』(2009.10.1 BE・COMときわ通信発行)に掲載より引用

自分史ブームの背景-モノから心の豊かさへ

「バカヤロー。おめえ、何死んでんだよ。」

度胆を抜くような言葉で始まったその弔辞は、すぐに参列者の心を掴んでいった。紙などは読み上げず、ただ自分の言葉を綴っていく。自分との関わりを語りながら、生前の故人を浮かび上がらせる。

自分と故人とが関わった一側面に触れただけに過ぎないが、かえって、故人の人間味が滲み出るような弔事となった。ご遺族の方々にとっては、故人の新たな一面を発見するような内容であった。ある葬儀での話である。

この弔辞を行った人物は、その後、自分史サークルを立ち上げた。目的は、会員が死んだら、それぞれの偲ぶ会を開くためであった。いわば、偲ぶ会互助組合である。

自分史とは、自分の歴史である。形式などは、自由。自伝は偉い人が書くというイメージがあるが、自分史は私たち庶民の生活の記録である。そんな気軽なものである。自分史サークルでは、各会員が自分史を書き、発表する。コミュニケーションの場となり、社会とつながる貴重な機会である。

私の祖父は、長生きの秘訣として、他者への興味を持つことと他者からの刺激を受けることだと語っていた。まさに長生きを支援するようなサークルである。活動の成果として、文集が残る。自分の記録を残したいというのは現代人の持つ欲望が叶えられる。一人ひとりがかけがえのない人生を送っているという観点に立てば、特別な業績のある有名人でなくとも、人生の記録を残すことは意義のあることである。

さらに、私が注目するのは、仲間と共に自分史を書くことで、人間的な成長が見られる点である。親や友人との和解、トラウマの克服、自信の回復など、大きく変化する人が多い。自分を客観的に見つめた結果であろう。

「すべての歴史は現代史である」と言ったのは歴史家クローチェである。自分史には、現在の関心が描き出されている。過去を振り返ってはいるが、見つめている対象は現在の自分なのである。

自分史は、大正時代からの文章運動の流れを受けながら、民衆の目から見た歴史学の問題提起として始まった。その後、全国各地で自主的サークル活動が広まる。一方で、自費出版やカルチャー講座といった自分史マーケットが形成された。心理療法や自己啓発、町おこしの手段としての展開も見せ、作者は若者にも広がっている。

なぜ、この自分史が、ブームになったのか。その社会背景について考えたい。

自分史は、定年退職を迎えた「団塊の世代」の経験・技術の伝達手段や生涯学習として注目を集めている。自分史を書く中心的な世代は、六十代、七十代。戦中、戦後、高度経済成長期のように急激に変動する時代を生き抜いてきた人たちである。人生経験を経て、過去を大切にする気持ちと、それを後世に伝えたいという作者が多い。それぞれの人生経験は、社会の貴重な財産であり、いわば無形文化遺産と言える。その社会的な財産が、失われる危機にある。終身雇用など従来の制度の変化や核家族化などによって、職場や地域、家族などのコミュニティで語り継がれる機会が少なくなったのだ。

今日、グローバル化社会とも言われ、価値観も多様化している。学校を卒業し、就職し、家庭を持ち、・・・という生き方の決まりがなくなってしまった。大きな可能性がある反面、将来への不安があふれる。そのような状況で、自分探しとしての自分史が若者にも広まったのである。

自分史ブームの背景には、コミュニティの崩壊や生き方への不安がある。政権が交代し、年金や介護といった福祉が議論される。しかし、私は、自分史ブームの状況や定年退職した自分史仲間と話していて思うのである。金銭的、物質的なサービスだけでなく、これからの生きがいやこれまでの人生を認めてもらうことを強く望んでいるのではないか、と。

そもそも、福祉とは、幸福を意味する。社会福祉とは、社会全体の幸福を意味し、その実現のために各々の国民が幸福な生活を送ることができるように支援することである。そう考えると、これからの時代は、物質的な豊かさが全ての人に行き渡った上で、自分の人生への満足感や達成感を得られるような幸福への感度を高めるための社会福祉のあり方が求められる段階に入っているのではないだろうか。モノの豊かさから、心の豊かさへと時代の移り変わりを感じる。

 

 

投稿者:

山下 洋輔

千葉県議会議員選挙(柏市)•立憲民主党公認候補予定者。 2021年10月、柏市長選挙(2021年)に無所属で立候補。43,834票を託して頂きました。その後、AIで水道管を救うFracta Japan株式会社の政策企画部長に。 元柏市議会議員。柏まちなかカレッジ学長。元高校教諭。2児の父。 教育学研究や地域活動から、教育は、学校だけの課題ではなく、家庭・地域・社会と学校が支え合うべきものと考え、「教育のまち」を目指し活動。著書『地域の力を引き出す学びの方程式』 (社)305Basketball監事。 千葉県立東葛飾高校卒業。早稲田大学教育学部卒。 早稲田大学大学院教育学研究科修士課程修了後、土浦日大高校にて高校教諭。早稲田大学教育学研究科後期博士課程単位取得後退学。 家族 妻、長男(2014年生まれ)、長女(2017年生まれ)