以下、『BE-COM 5月号 vol.209』(2010.5.1 BE・COMときわ通信発行)に掲載より引用
市政チェックの参考書-市民が作った財政白書『柏のお財布事情』
【理想の社会像を持つこと】
「教員たるもの理想の社会像を持って、教育にあたりなさい」。
この教えは、教育実習のときから、ずっと後回しにして抱えていた私の宿題である。理想の社会なんてわからない、ある思想にかぶれた教員の特徴だ、いろいろと言い訳をつけて考えることを避けていたが、ずっと気になっていた。
学級担任を持つようになり、社会経済とも関連する家庭事情に直面した。PTAの幹事を務め、衰退していく商店街やコミュニケーションがなくなっていく地域社会を目の当たりにした。そして、高校生に社会科や歴史を教え始め、一人ひとりがこの社会を作っているということを伝えるようになり、あらためて理想の社会を考えるようになった。
最初は、「みんなが笑顔の社会」、「若者が夢を持てる社会」、「一人ひとりが大切にされる社会」といった漠然とした表現しかできなかった。やがて、実生活から気づいた点や身の回りの問題点を挙げ、思い描くイメージを実現するための方法を考えるようになった。
【自分たちが選ぶ理想の社会】
社会を良くする具体的な方法を思いつくようになり、教育、環境、福祉、経済活性と幅広いアイデアを出し合っていく。そうすると、全体の方向性を考える必要に気付づいた。
ファッションに例えるならば、トータルコーディネートだ。シャツや靴を個別に考えるのではなく、全身のバランスの中で整えていく。場所、自分らしさ、会う相手によって、服装のコンセプトやテーマを決めていくのだ。
現実的には、予算も重要なポイントになる。高くて長持ちする、目立つポイントにはお金を惜しまない、安くても素敵な品など。服を買うときに、私たちは、お金を基準に選んでいるものである。
このように、社会をトータルにコーディネートすると、まず社会の理想像にもとづいて、時代や土地柄、予算にあった解決策を選ぶことになる。服装を自分で決めるように、社会も自分で決めていくのは、当然である。しかし、一人ひとりが、バラバラに理想像を実現させることは不可能だ。そこで、社会全体の調整を行うのが、政治の役割であろう。
私たちには、それぞれ仕事や生活がある。そこで、私たちの持つ理想を実現させるために、社会全体の調整を代わりの人を選んで、お願いする。私たちの理想を理解している人、実行力のある人、臨機応変に柔軟に調整してくれる人。そんな人を選ぶ。そして、私たちは、選んだ人の仕事をチェックする。ただ、まったく自分の思い通りにやってもらうというわけではなく、選んだ人の才覚を見込んで、ある程度は任せることも必要ではあるが。これが、政治や選挙だと、私は理解している。
【選ぶため、チェックするための知識共有】
昨年の総選挙により、民主党政権が誕生した。子ども手当など「国民の生活が第一」とするマニュフェストが打ち出された。財源はどうするかという反論には、ムダを省いて財源を確保すると主張した。様々なムダがあげられた。その後、事業仕分けによって、国民が要不要を検討する機会も得た。しかし、財源は足りない。これからは、有権者がマニュフェストを厳しくチェックする責任がある。
柏市民は昨年、秋山浩保氏を市長に選んだ。民間の発想で、ムダを省き、ハコモノから人づくりを主張して当選した。これからは、秋山市長の仕事をチェックしなければならないが、国政に比べて新聞やテレビでの情報も少ない。しかも、財政というと難しくて、とっつきにくい。そんなタイミングで手にしたのが、『柏市民が作った財政白書 柏のお財布事情』(柏市の財政を考える会編、2010年2月)である。
「広報やホームページにも財政状況が載っていますが、理解できる人は少ないと思います」と「はじめに」に書かれている。たしかに、情報は公開されていても、どう読んでいいかわからない。結果的に、公開された情報を見なくなってしまう。たしかに、情報公開だけではなく、わかりやすく伝える責任も市にはある。ただ、市に頼るばかりではなく、自分で勉強する努力も必要かもしれない。この本は、柏市の財政を考える市民が勉強し、議論し、26年間分の数字をまとめた結果を、社会に発信したもの。まさに、市民が作った財政白書である。
財政の基礎知識がなくても、読めるように工夫されている。用語の解説、イラスト、グラフや表が充実している。私は、挿入されている短いコラムを興味深く読ませて頂いた。昭和58年度からの決算状況を拡大コピーし、虫眼鏡で手書きの字を判読し、データを入力した様子が書かれた「決算カード入力の苦労」は、日本の医学を飛躍的に進歩させた『解体新書』翻訳の回想である『蘭学事始』のようであった。関わった方々のご苦労や思いが伝わってくる。
表紙が子どもの写真、表紙を開けると手賀沼の写真。未来にツケを残さない。そんな意気込みが感じられた一冊である。
( 山下 洋輔 )