以下、『BE-COM 12月号 vol.218』 (2010.12.1 BE・COMときわ通信発行)に掲載より引用
アートがつなぐまちづくり
【柏でのアートイベント】
ビー・コムの記事では、フェスティバル、コンサート、講演会、上映会、体験講座など、様々な地域のイベントが紹介されている。毎号、スミからスミまで興味深く読んでいる。柏でも、多くの活動されている方がおり、充実したイベントがあると気づかされる。
先月、柏のまちでは、第五回「アートラインかしわ」が一ヶ月にわたり開催された。東京藝大と常磐線沿線の4区4都市、JRが連携し、沿線地域のイメージアップと活性化を目的としたまちづくりのアートイベントだ。まちで「でくわす」アートに驚き、遊び、共鳴しあいながら、まちの魅力を創り出す、「まちの宝探し」である。36のイベントや展示が、市内各所で開かれた。
【鑑賞から参加へ】
全国各地で、まち全体を会場とするアートイベントが行われている。島の住人と世界中からの来訪者の交流により島々の活力を取り戻し、島の伝統文化や美しい自然を生かしたアートを通して瀬戸内海の魅力を世界に向けて発信する瀬戸内国際芸術祭などが有名だ。
その中で、「アートラインかしわ」は、他と比べて規模は小さい。専門的なディレクターを招いたりするわけでもない。しかし、まちの素人が参加して、みんなで作り上げるという実感が持てるイベントである。そもそも、まちを活性化したいという目的からスタートしたものだ。市民がまちの魅力に気づき、まちへの愛着を深めていく過程を大切にしている。実際、私もスタッフとして、参加した。
今、アートは、鑑賞から参加へと移り変わってきている。知識教養を求める閉鎖的なものから、参加して感じ、気づくきっかけへと移行している。プログラムも、参加型が意識されている。たとえば、演奏とともに、山海塾の舞踏家・岩下氏と市民が柏駅前商店街を舞台に踊り歩く「街はカーニバル」。このダンスとパーカッションには、公募の市民が参加した。中学生もパーカッションを演奏して歩いた。
【別府アートマンスに参加して】
柏で開かれた「アートは地域を変える」をテーマにしたシンポジウムで、別府での事例が紹介された。NPO活動への理解促進、人材育成、交流人口の多様化など興味深い内容だった。現場を見なければと思い、3週間後、別府に向かった。4日間滞在し、スタッフの方々、行政、関係団体、まちの方々の声を聞いて歩いた。
人口12万人の別府市。駅前の商店街は、柏駅前よりも大きい。しかし、シャッターが閉じられた空店舗が並ぶ。交通の便はよくなったが、日帰りが増え、宿泊客は減っている。団体旅行も減っている。そんな状況で、様々なまちづくり運動が立ち上がった。
温泉や文化、自然や食など地域資源を生かした体験プログラムを開催するハットウ・オンパク。個人客に滞在中の過ごし方を充実してもらおうという提案である。アート活動を人間教育のインフラとして活動しているアルゲリッチ音楽祭。きわめてローカルな今日新聞。2000年に開学した90カ国から約2600名の留学生が在籍する立命館アジア太平洋大学。
こうした動きをパリで知った一人のアーティストが、別府で現代アートの国際展を開きたいと帰国し、市民や学生を巻き込んで活動を始めた。別府は、アートと場所の魔術性が織り成す混浴温泉世界という多文化共生を演出し、市民主導のイベントとして注目を集めた。
昨年、これまでのまちづくり運動や芸術振興事業が評価され、別府市は文化庁長官賞を受賞した。
【アートがつなぐ関係】
アートは、日常の何気ない風景に注目するきっかけを与える力がある。アートイベントでまちを歩き、今まで気づかなかった魅力を発見する。観光客だけが目的ではない。市民自らが考え行動するようデザインし、文化的な生活を楽しめるまちを目指した活動なのだ。高齢者の記憶や知恵を引き出したり、伝統を継承していくことにも重点が置かれている。
実際、別府に行って、報告では聞けないドラマを知った。85歳の女性が、がん治療中にもかかわらず、イベントのボランティアを楽しみに、力強く生活していた。アーティストが共同生活を営むアパートと近所のおばあさんが、似顔絵を描いてもらうなどの交流から、日常的なつきあいが生まれていた。ある市役所職員は、現代アートの可能性を信じ、保身にまわらず、まちのことを考えて行動を貫いた。
まちづくりとなると、関係のない大きな話になる。しかし、そのまちに住む一人ひとりの生活や人生に、何らかのきっかけとなる点に価値があると実感した。そして、一人ひとりへの働きかけが積み重なり、まちづくりにつながるという原点に帰ることができた。
(山下洋輔)