以下、『BE-COM 7月号 vol.213』 (2010.7.1 BE・COMときわ通信発行)に掲載より引用
オーラル・ヒストリーによるまちづくり
【柏には歴史がない?】
柏には歴史も文化もない。そう嘆く人の話を聞いた。たしかに、我孫子には白樺派、流山には小林一茶、松戸には徳川家といったような有名な歴史が、柏にはパッと思い当たらない。しかし、人が住み、生活が営まれてき以上、歴史や文化はある。とくに、民衆思想史という歴史学の考えでは、そんな庶民の生き様こそ、社会を築き上げてきた主体であり、歴史として重視される。
【歴史を語り継ぐコミュニティ作り】
普通の人の経験が尊重され、その生活文化が次の世代へ語り継がれるコミュニティを整えていこう、と私は考えている。普通の人こそ、歴史の主体であるからだ。
以前なら、おじいさんが孫に、ムラの長老が若者に、上司が部下に語るコミュニティがあり、語り継いできた無形の文化遺産があった。今日、核家族化、グローバル化、終身雇用制の見直しなどにより、コミュニティの形態が変化している。
昔ながらのムラ社会を復活させようといっても、逆戻りできない状況である。このように、個人の経験を次世代に伝えていく仕組みが失われつつあるのが、現状である。
【地域の歴史は、自らのアイデンテティ】
柏には、デパートや娯楽施設など、楽しみを与えてくれるサービスが充実している。しかし、与えられた楽しみであって、自分たちで作り上げた楽しみではない。いざ、何か作り上げようと思い立っても、仲間が見つからない。都内で働き、柏で寝る。長く柏に住んでいても、地域での顔はない。そんな根無し草のような孤独を感じる時もある。こんな声を、地域での活動に思い切って初参加した方々からお聞きした。
「自分の故郷を聞かれ、柏と答えたいが、躊躇する」といった声も聞いた。自分の親には、地方の故郷と呼べる場所はある。しかし、自分自身は転々と地域を移り、便利な柏に長くは住んでいるが、故郷と言っていいものかと迷う、とのこと。ビッグシュー日本代表の佐野章二さんから伺った話を思い出す。「ホームレスには、二つの問題がある。物理的な家がないハウスレスと家族関係や地域とのつながりのないホームレスであり、後者のホームレスの問題は深刻である」、と。
私自身、中学生の時に引っ越してきた。幸い、いい友達にも恵まれ、今に至っている。ただ、生まれ育った地域には、血縁・地縁の濃いムラ社会で、歴史的な伝統もあった。多感な時期に引っ越し、歴史や文化とのつながりを失った気持ちになり、アイデンテティを喪失したまま過ごしてきた。
アイデンテティは、記憶と結びついたものである。親と遊んだ公園、小学校への通学路、日常の買い物をした商店。地域の歴史は、その土地に住む人たちの共通の記憶である。そして、その共通の記憶を共有することで、コミュニティが生まれるのである。
【地域の方々のご経験を収集し、活用】
すべて社会や時代のせいにして、自分の境遇を嘆いても仕方がない。「この社会や時代を作っているのは、私たち一人ひとり」という民衆思想史の考えに背中を押され、何かできることから始めようと思い立った。
市民一人ひとりの経験を尊重し、語り合う場を作りたいと柏まちなかカレッジを立ち上げた。自分では価値を見出せていない経験を引き出していく。柏には、面白い人やかっこいい空間があふれている。そんな隠れた良さを引き出して、まちと人に自信と誇りが持てるように活動を続けている。柏には歴史がないと嘆く方や、根無し草のように感じている方へのメッセージでもある。そして、私自身のアイデンテティを確認するための活動でもあった。
今、オーラル・ヒストリーを収集し、保存しようという全国的な動きがある。オーラル・ヒストリーとは、文字に残された記録だけではない、話し言葉での記録を意味する。生活スタイルが激変し、また戦争経験者は高齢になり、緊急の課題になっている。
この収集されたオーラル・ヒストリーを公共の文化資源として、都市デザインに活用している地域が増えている。景観や建物だけでなく、市民のアイデンテティといった見えない資源としての価値を見出されている。
さらに、このオーラル・ヒストリーを収集する過程において、話す側とインタビューする側の双方を巻き込んだコミュニティを生み出している。市民が作る、市民の歴史の形を取り、市民の参加を促している。地域への愛着と誇りを生む仕組みとして注目を集めている。
【断絶から、つながる文化へ】
社会変化により、先人の経験が断絶するおそれがある。それを阻止しようと、各地での活動が行われている。韓国では公文書館を中心にオーラル・ヒストリーのアーカイーブ化が進められ、ニューヨークの図書館ではオーラル・ヒストリーを収集する市民活動を支援し、図書館にて保存している。
なくなってしまってからでは、取り返しのつかないものもある。一人ひとりの経験を大切に残そうとすることは、高齢者一人ひとりを尊重することにもつながる。
ツイッターの流行など、「つながる」ことに注目されている今日、時間を越えた歴史的なつながりも大切にしていきたい。
( 山下 洋輔 )