以下、『BE-COM 9月号 vol.227』 (2011.9.1 BE・COMときわ通信発行)に掲載より引用
【教育と文化】
実は、私は、図書館司書の資格を持っている。歴史研究の関係で、学芸員の勉強もしていた。学生の頃から、図書館や博物館、美術館を作る夢を持っている。「柏まちなかカレッジ」の活動を通して、まち全体を図書館や博物館、美術館に見立て、まちの人たちで企画し、運営していくような仕組みを考えるようになった。
教育活動に取り組みながら、常に、文化を念頭においてきた。教育と文化は、様々な活動の原動力とも言える。教育は人間にエネルギーを充電するものであり、文化は放電する現象である、という話を聞いたことがある。教育に取り組むためにも、文化について考えていかなければならないのだ。
そこで、情報産業社会、知識基盤社会の到来を予告し、文化の持つ役割を提示してきた梅棹忠夫について紹介したい。学問も博物館も「面白くないと意味がない」という梅棹の思想に触れたい。その思いから、2011年3月から6月に開催された「ウメサオタダオ展」を見学しに、大阪の万博公園内にある国立民族学博物館を訪れた。
【開かれた博物館作り】
国立民族学博物館で梅棹の考えを受け継いだ小山修三氏が館長を勤める吹田市立博物館も見学した。吹田市立博物館は、企画、運営を市民に全面的に任せる展覧会を定期的に開いている。第一弾は、「千里ニュータウン展-ひと、まち、くらし」。まちを知り、愛着を育み、誇りを持てるようなねらいがある。そんな「開かれた博物館作り」が行われている。
私が見学したのは、特別展「万博市民展」。この企画展に関わる多彩なイベントや講演が開かれている。市民が作るという観点だけでなく、見学会など博物館がまちに出ていくこと、草の根の国際交流の企画は、ほかの市町村立博物館にも役立つポイントになるはずだ。
平成22年の特別展「災害から地域遺産をみなおす」は、災害から地域遺産を守り、次世代に伝えていくとはどういうことなのか、どうすればいいのかといった災害と地域遺産について考えさせられた。震災後の今、大切な提言であったと評価される。
障がいを持つ人たちも楽しめるユニバーサルデザインの工夫もある。触ったり、においをかいだり、五感をつかった展示がなされている。結果的に、子どもにも魅力的な企画につながっている。博物館は、市民に教えてあげるという啓蒙の機関ではなく、市民のための研究機関として機能している。
これからの博物館の機能は、1 コミュニティの核、2 生涯学習センター、3 学校教育との連携、4 情報の収集・編纂・保存管理、5 研究所になると、私は考える。これらを通して、住みやすい環境を整え、さらには、地域の文化を創造していくことにつながる。
では、国立民族博物館「ウメサオタダオ展」の具体的な報告をしたい。資料は、定形のケースではなく、角材とビニールで作られ、展示によって自在に、できるだけ近く見られるように工夫されている。資料を手に取って触ることができるように、模造品も用意されている。 梅棹忠夫の書いたノートが、カラーコピーされ、手に取って読むことができる。
「梅棹は、なぜ靴をはいていないか?」と書かれた写真に、「理由は、全集◯の□ページに」。横に全集が置かれている。展示内容を来館者が主体的に吸収できる工夫は、学校の授業研究にも役立つ。
展示を見て気づいたことを、来館者に、B6サイズのカード(京大カード)に書いてもらう。梅棹のような知的生産の技術を取り入れようと思った時に、行動を促す仕組みになっている。そして、書かれたカードは、その後の来館者に伝えられ、企画のアンケートの役割を果す。
来館者が書いたカードをスキャンし、PCに取り込み、タッチパネルの画面で見られるようになっている。引出しの中に、カードが並べられている画面で、大人も夢中になってタッチしている。
国立民族学博物館は、私の原点であると、見学するたびに感じる。自分の足でかせぐ研究、双方向の学び合い、みんなで作り上げるコミュニティ、地域から世界への発信、文化の創造。ものすごいエネルギーが湧き出てきた。
博物館は、情報を収集し、蓄積し、交換し、創造し、伝達する。過去や現在のことだけではない。現在進行形で、みんなのために、未来を作る装置である。
【文化行政の役割】
「文化行政」とは、家に水を供給するように、市民の人生に文化を供給する仕事であると、梅棹忠夫は言った。地域の品格の問題に関わると叱咤し、財政に余裕がないと切って捨てられる「文化はトカゲのしっぽ切り」と憤慨した。35年ほど前の話であるが、現在も状況は変わっていない。
技術や知識の変化が激しく、価値観が転換し、国境も年齢も性別も問わず社会に参加できる時代になり、知識を基盤とした社会になると、梅棹は予告した。そして、そんな社会で、文化行政が役割を果たせば、日本は世界のトップクラスの実力があると信じていたのではないだろうか。
水道のような社会インフラを整えるように、博物館のような文化装置を整備し、市民に供給することが、この知識基盤社会では求められている。
柏まちなかカレッジ学長 山下 洋輔