以下、『BE-COM 10月号 vol.216』 (2010.10.1 BE・COMときわ通信発行)に掲載より引用
「アンダンテ~稲の旋律~」を観て
【農業に生きる先輩の母から】
高校の剣道部で、お世話になった1年上の先輩がいる。その先輩は、大学で農業を学び、青年海外協力隊として、ウガンダなどアフリカ諸国で農業を指導していた。今、その先輩は、帰国し、農業を伝える雑誌の編集をしている。先日、その先輩のお母様から、突然、電話があった。内容は、ぜひ私に観てもらいたい映画があるということであった。
【映画のストーリー】
その映画は、「アンダンテ~稲の旋律~」。対人恐怖症に苦しみ、一日中部屋にひきこもり、親子関係に葛藤を抱える主人公が、千葉県横芝光町で自然農業に取り組む農家と出会い、農作業を通して生きる喜びを発見し、再生していく物語である。
貧しい農家で苦労した主人公の母親は、娘に自分の夢を重ね、娘のために生きている。主人公の父親は、厳格な教師。「こう生きなければならない」という重圧に押し潰されそうであった。そんな主人公を、農家と自然は、気長に、ありのままに受け容てくれた。
「こう生きなければならない」という人間本位の考えから、人間の思い通りにならない自然を相手にすることで、「ありのままでいい」という姿勢に変化していく。
「アンダンテ」とは、「歩く早さで」という音楽用語である。効率が重視される現代社会で、不器用に立ち止まった人間を、稲穂が風にそよぐように静かに応援したいという原作者の思いがこめられている。田植え機の運転に失敗した時、「大丈夫、どんなに曲がって植えようが、稲はまっすぐ上を向いて伸びるから」と農家の方に見守ってもらった。「この時、先が見えずに焦っていたが、時間をかけて何度でも挑戦すれば、いつか何かをやり抜くことができると思った」と原作者は記している。
【不登校生徒の支援の経験から】
この映画から、親子関係の葛藤、ひきこもり、対人恐怖症など、疲弊した現代社会の病理が浮かび上がってくる。私自身、カウンセリングを学び、実際に不登校生徒とその親への支援を行ってきた。この映画を観て、多くを学ばせて頂いた。
手紙を書くことで、主人公も親も、自分の過去を振り返り、葛藤を整理することになる。私が、提案してきた自分史による支援とも相通ずる部分を確認できた。
また、成長を見守るという点では、農業も教育も同じであると気づかされた。もっと、大らかに、長い目で、成長を待つ姿勢を大切にしたい。人を大切し、失敗した人たちにも再チャレンジのチャンスがある社会になって欲しい。「ありのままでいい」と受け容れてくれる社会になって欲しい。ひきこもりや心の病は、社会の病理とも考えられるからだ。
【農業と教育】
今年の初めから、不登校生徒の支援をしている関係で、農業を通した学習を提供する塾の企画に参加することになった。教科の学習だけでなく、耕作放棄地を開墾し、旬の野菜の無農薬有機栽培を体験しながら、安心安全の食べ物作りや、食べ物とムシの関係、生物多様性を学ぶ。園芸療法も取り入れ、心身ともに健やかに成長できるフィールドを準備している。収穫した作物を料理・食事できるカフェを設置し、そこは食育や対話の場となる。
ここで、農家のOさんに出会い、私も影響を受けるようになった。ムシの話を聞き、悪い虫にもいいところがあり、いい虫にも悪いところがあることを知った。「蜂を飼うのではなく、自分の作った巣箱を蜂が好んでくれるのだ」と聞き、営業や集客の考えが変わった。いろんな生物がいる畑が豊かであると教わり、多様な社会や組織のほうが強いと確認することになった。
この10月に生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が名古屋で開かれる。この生物多様性という考えは、いじめや心の病にも訴えかけるものである、と私は考える。人と違っているほうがいいのだ。「こうあるべき」という規範はないのだ。みんな、それぞれの生き方がある。それが、持続可能な社会につながっていくのである。
【自主上映会で生まれたつながり】
この映画の原作者は、柏出身の旭爪あかねさんである。旭爪さん自身、20代後半から約10年間ひきこもり、苦しまれた。外に出ない生活の中、近くの水田に行き、風に揺れる一面の稲を見るのが、心安らぐひと時であったという。
かつての自分と同じように苦しんでいる人たちに伝えたいという思いで、小説を書き始めたそうだ。その気持ちが伝わり、小説は映画化され、全国各地で上映された。小さな会場で、チケット1枚1枚を人伝いに手売りで広まっていった。柏でも上映したいという声が広がり、11月1日に自主上映会が開かれることになった。
自主上映は、人にお願いするばかりで苦労が多いが、人と人とのつながりが生まれるのが嬉しい、と上映会の主催者は語られた。何よりも、ひきこもっていた旭爪さんが、多くの方と関わって、自主上映の活動を行われたことを聞き、感激した。
主人公が再びひきこもろうとした時、投げかけられた問いが、強く印象に残っている。
「人と人とのつながりを、しっかりと握りしめることこそが、生きるということなんじゃないかね」。