教育学を研究してきましたが、地方議員となり、また、親となり、哲学や思想をどのように現代社会に活かしていくかを考えるようになりました。
「もし、教育哲学者のデューイだったら、今、どんな教育を実践しているだろう」、そんなことを考えながら活動しています。
この冬休み中も、子どもたちが社会課題に取り組みながら学ぶ場であるミライ社会研究所αを開きました。
身近にある問題に目をつけ、調べ、解決する方法を考え、地域で実践し、それを改良していきます。子どもたちの学びが、社会を変え、未来を創っていくことを目指しています。
この冬は、未来について話し合ったり、読んでいる本を紹介し合ったりしながら、ブレーンストーミングをし、研究計画を立てました。次は春休み中に開催します。
他地域の学びの場とも連携し、相互に発表し合い、意見交換し、より刺激やヒントを増やしながら、研究員の子ども同士で学び合っていきたいと考えています。
ゆくゆくは、国際科学オリンピックやサイエンスフェアなどへの参加や企業への提案などの実社会への働きかけにも挑戦していきます。
より良い教育環境を実現するため、私自身も全力で研究しています。
そんな中、面白い本がありました。
『作ることで学ぶ-Makerを育てる新しい教育メソッド(Invent to Learn-Making, Tinkering, and Enginieering in the Classroom)』です。
2歳の息子は、私が止めても、iPhoneを操ります。棒きれやクレヨンなどと同じような道具なんだと思います。
こんな時代に、「もし、デューイだったら?」を考えるために適した本でした。
新しい道具や時代・環境によって、エンジニアリング、デザイン、コンピューター科学がもたらされ、誰もがメイカー(作り上げる人)になることができるようになりました。
この流れは、子どもにとって面白く、実践しながら学ぶチャンスだと確信しています。
世界的に新しい教育運動が起こった第一次大戦後、たとえば、セレスタン・フレネは、子どもたちの日常の発見を、文章という形で表現させ、みんなで話し合い、その文章を学校印刷所で文集を作り、共有しました。他地域の学校とも通信しています。他にも様々な道具や手仕事を導入しています。
本書で紹介されていた事例は、たとえばフレネたちが行ってきた実践の現代版と言えます。
仲間と協同して、壊れた機械から集めた部品を使い、組み立て、プログラミングし、動かし、それらをSNSで共有していく。自分たちの生活に身近なものから、様々なことを学んでいくことができます。
私たちの身の回りの機械は、コンピューターに制御され、その仕組がわかりにくくなりました。一方で、フィジカル・コンピューティング、3Dプリンター、レーザーカッター、その他の部品も安くなりました。自分たちの使うものは、自分たちで作ることができるという実感は、受動的な消費から能動的な創造であり、学びの出発点だと思います。
学校の中にも、こういった流れを取り入れていくべきです。子どもたちが、作り、組み立て、分かち合える場である「ファブラボ」を学校に作ろうという運動もあります。
公民館や近隣センターに設置し、職人やプログラマー、地域のエンジニアが集まって、子どもとともに実験や発明を楽しめるような場を提案していきたいです。
まずは、自分の家に、ファブラボを目指す子どものための作業場を作ることにします。
そう言っても狭い家ですので、ベッドをやめ、寝室の半分から始める予定です。
もう一つ、興味深かったのが、アマチュア科学やアマチュアエンジニアリングという視点です。
柏まちなかカレッジでの取り組みが、子どもたちの教育環境を支えるものになるヒントを見出すことができました。