陸上のサニブラウン選手が、フロリダ大学に進学するというニュースで、奨学生には学業への手厚い支援体制が充実しているという記事を思い出しました。
一人の生徒に対して、最善を尽くすこと。
いろんな教育手法やモデルがありますが、ここにたどり着きます。
当たり前のようなことですが、人手も、時間も、お金もかかります。
説明責任や費用対効果を求める風潮で、以前よりも、一人ひとりに丁寧に向き合えなくなっていないか心配です。
担任や部活顧問、あるいは目をかけてくれた先生に、進路や悩みを聞いてもらい、自分のことを真剣に考えてもらった経験のある方もいると思います。
そういった経験のある方は運が良く、残念ながら出会えなかった方は運が悪いというのではなく、システムとして確立され、誰もが手厚い支援を受けられるような学校であってほしいです。
莫大なお金がかかる(税金を使う)というわけではありません。
今でも、担任の先生だけでなく、学年の他の先生や教科担任、部活動顧問、養護教諭、教頭や校長、何かしらの関わりのある先生方が連携しながら、一人の生徒を支えています。
そういう意味で、一人ひとりの教職員に個性があり、教職員集団が多様であることが望ましいと考えます。
そして、生徒を支援するのは、教職員だけでなく、生徒同士や学校外の機関や専門家、地域の方々、卒業生、保護者など、たくさんの資源があります。
学校だけでなく、社会をあげて、子どもたちを支えていくことが必要です。
教育委員会は、そんな地域づくりをコーディネートし、行政は予算や制度など全面的にバックアップすべきです。
親身に、その人に合ったプログラムを組み、その人にあった環境を整え、支援体制を手厚くする。
そんな理想的な教育を、大富豪の子どもやオリンピック選手だけでなく、すべての子どもたちが受けられるようにすることが、これからの社会で必要だと確信しています。
いかに実現させるか?
できないことではありません。
私は、そのために全力を尽くします。
私が教員だったときに、自分の生徒たちには、この文章にあるような教育を心がけてきましたが、これは国や行政や企業、地域がチームで組織だって取り組むべき課題です。他の教員の意識も変えていくことも必要です。 先輩がおっしゃられたご意見を実現させるために、今は議員として取り組んでいます。
市民の求めることを実現するだけでなく、社会の価値観を変えていくことも政治の仕事だと思います。 そのためにも、説明能力や訴える力が必要だと感じています。
しっかり情報発信し、沢山の方々と対話していきたいです。