社会の対話力が落ちていないか?

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今日、議会での質問を終え、感じることがあります。
議員や行政、そして社会全体で、対話する力が落ちてきてはいないか?ということです。

議会での質問を、以下のように分類し、長所短所をあげてみることができます。
①糾弾(+不正を明らかにする、−非建設的、パフォーマンス目的)、②要望、提案(+予算化•法制化、市民の声や調査•研究成果、−行政へのお願い)、③対話(+現状を問い直す、−すぐに結論が出ない)

①糾弾は、国会のテレビ中継やメディアで目にします。
裁判のような緊迫したやり取りから不正をただす一方で、不毛な議論になる場合も見られます。

②提案•要望は、議員のネットワークや足で稼いだ情報、調査•研究が活かされるタイプです。
社会課題の最前線の議論が交わされますが、そのアイデアを実現するためには、最終的には首長の決断を迫ります。

今回、③対話について、考えたいと思います。

対話とは、お互いの違いを認め合い、お互いが納得のいくような共通了解を見出すためのコミュニケーションです。
対話によって、もともと自分の考えが変わっていくものです。

議会での議論では、制度や事業そのものを問い直すことがあります。

社会の変化から、ある制度や活動が生まれた時代の前提が大きく変わっているけれど、そのまま続いていることが多くあります。
行政は、その法や制度の中では最善を尽くしますが、法や制度そのものを変えるのは議会の役割でもあります。

その観点から、③対話は重要だと考えています。

本日の私の質問でも、部活動、PTA、市長の教育についての考えに、歩行者優先のまちづくりなどついては、具体的な提案•要望というよりは、対話を求めたものでした。

なかなか対話にならない原因を考えてみました。
•話を聴くことができない、•議論が現状とかけ離れ過ぎている、•しがらみや慣例により、答えが固定化している、などがありそうです。

ブレないカッコ良さと、建て前やしがらみでがんじがらめになった身動きのできない政治とは違うものです。

議会で対話が少ない→批判と要望の議会→クリエイティブではない→市民の関心が離れる→議会の機能が弱まる→市民の期待が薄れる→一部の人たちで決めてしまう→市民は不満という悪循環になってしまいます。

もっと意見を転換することに、社会も寛容になればと思います。

自分と違う考えの人と対話し、自分の考えを変えていくような体験ができる場を作っていきたいです。

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投稿者:

山下 洋輔

柏市議会議員。柏まちなかカレッジ学長。教育コンサルタント。元高校教諭。 教育学研究や地域活動から、教育は、学校だけの課題ではなく、家庭・地域・社会と学校が支え合うべきものと考え、「教育のまち」を目指し活動。 著書『地域の力を引き出す学びの方程式』 教育共創研究所 代表 千葉県立東葛飾高校卒業。早稲田大学教育学部卒。 早稲田大学大学院教育学研究科修士課程修了後、土浦日大高校にて高校教諭。 早稲田大学教育学研究科後期博士課程単位取得後退学。 教育コンサルタント山下洋輔事務所設立。 2011年9月から柏市議会議員。 家族 妻、長男(2014年生まれ)、長女(2017年生まれ)